同書よりの引用等
・ワクチン接種による健康被害を訴える15歳から22歳の女性63人が、国と製薬会社2社に対し、被害を予見できたにもかかわらず回避措置を怠ったとして、総額9億4500万円の損害賠償を求める集団訴訟を起こした。
・2種類のワクチン。グラクソスミスクライン(GSK)社が2009年12月から「サーバリックス」、2011年8月からMSD(メリル)が「ガーダシル」を販売。
・日本では、2007年頃から問題となっていたワクチンラグ(海外より承認が遅い)といったワクチン政策批判が聴かれるになり、ヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンとともに、子宮頸がんワクチンも、ワクチンラグを解消すべく、優先審査枠に乗り、2013年4月には両クチンとともに定期接種化されるに至った。
・「人類史上初のがん予防ワクチン」という期待感のなか、医者、政治家、行政が協力して多くの市町村では接種年齢の女子に対する補助金制度を導入。そのため、2013年4月の定期接種化以前でも、対象年齢の女子は無料で接種することができ、接種率は全国で70%を実現。
・ところが、定期接種化からわずか2カ月後の6月14日、政府は子宮頸がんワクチンの「積極的な接種勧奨の一時差し控え」いう決定。接種後にもけいれん、歩けない、慢性の痛みがある、記憶力が落ちたといった、神経の異常を思わせる様々な症状を訴える人が相次いだため。
・厚生労働省は全国の専門家を集め、予防接種・ワクチン分科会副反応検討会で子宮頸がんワクチンの安全性について様々な角度から検討。同年(2013年)12月25日には、痛みの強いワクチンであること、そして検査結果や接種年齢などを総合的に評価すると、ワクチン接種後の症状は「身体表現性障害」の可能性が高いという見解が発表された。身体表現性障害とは、身体的な異常はないのに、痛みや恐怖、不安、プレッシャーなどをきっかけに生じる身体の症状のこと。
・HPVウイルスには100以上の型があるが、がん化しやすい型は決まっている。現行のワクチンは子宮頸がんを引き起こしやすい2つの型に対する感染予防効果があり、このワクチンで、日本で起きている全子宮頸がんの約65%を防ぐ。2014年末から海外で承認され始めた、7つの型に予防効果のある 9価ワクチンを用いれば、90%以上の予防効果が期待される。
・「やりたかったことを奪われた」少女ばかり
・「いずれもこの年齢の少女たちによく見られる症例ですね」.....複数の小児科医・神経内科医・精神科医から寄せられた回答である。
・東京大学(当時)の坂村健氏は、毎日新聞12月17日付の紙上で、分からないことの残る放射能の影響と報道の在り方についてこう語っている。「事態がわからないときに、非常ベルを鳴らすのはマスコミの立派な役割。しかし、状況が見えてきたら解除のアナウンスを同じボリュームで流すべき」 状況が見えてきた子宮頸がんワクチン問題でも同様に、メデイアは、名古屋市の調査やWHOの声明、ひいては、ジョン・マドックス賞をきっかけとして日本の子宮頸がんワクチン問題に対する国際的評価を報じるなど、「解除のアナウンス」のボリュームを上げていくことはできないだろうか。
・学力低下、不登校、昼過ぎまで起きられないのはワクチンのせいか
高次脳機能検査で脳の処理速度が落ちていると言われれば脳の異常が客観的に評価されたかのようだが、知能テスト形式のこの検査の処理速度は被験者の意欲や意思にも左右される、ゆっくりやろうと思えばゆっくりやることもできる簡単なテストだ。高次脳機能障害の可能性が考えられるとする少女たちの症状は、勉強の内容を記憶できない、計算が遅くなった、昼過ぎまで起きられないといった、あくまでも自覚的な訴えである。 小児神経の専門家は「簡単な計算もできないという症例がたくさん出てきますが、この子たちはみんな時間がかかっても全問正解しています」これは速度は遅いが通常のIQや動作性のIQは悪くないという情報とも矛盾しない。
・脳や神経そのものに異常がなくても、脳や神経の「働き」に異常が生じる「身体化」あるいは「身体表現性障害」という病気がある。心の病気という誤解があるが、恐怖、不安、痛み、怒りなどの様々な情動がきっかけとなって起きる「身体の病気」である。
・「奇異な麻痺や不随意運動」が身体化によって起きることも、決して稀ではない。
・日本における反子宮頸がんワクチン運動では、ワクチンの薬害を否定する専門家だけでなく、薬害を否定する判断材料のひとつとなる元患者、すなわち、ワクチン接種後の症状から治った少女たちも攻撃の対象となる。子宮頸がんワクチンを接種した後から始まったというけいれんや歩けないといった重い症状でも、時間をかけて、大学入学などの生活や環境の変化とともによくなり、「もうそのことには触れないでほしい」という言うくらいにまで元気になっている子達も多い。しかし、今は「ワクチンのせいではなかったかも」と思っていても、そう口にすれば「ワクチンのせい」と主張する人たちから攻撃されるため、表にでてこない。治ったという話もあるにはあるが、ほとんどが治った子の親たちが語る話であり、このこと自体が背景にある問題の複雑さをうかがわせる。子宮頸がんサバイバーやガンで家族を失った人への攻撃もある。(略) 男遊びをして(子宮頸がん)になつたとか、製薬会社からカネをもらってワクチンを勧めているなどと言いがかりをつけられ、誰も表に出なくなったと聞く。 そのため、最近の子宮頸がん予防キャンペーンは、検診は勧めるがワクチンは勧めないスタイルだ。 ガンに傷つけられた人たちが、ワクチンを憎む人たちにさらに傷つけられ、声を上げられなくなるという信じがたい状況がある。
・国賠訴訟まで起こされても反クチン運動対策をとらない日本とは異なり、ヨーロッパでは政府とアカデミアが協調して反ワクチン運動に対処している。(略) 2017年5月の欧州ワクチン週間では、メアリー皇太子がWHOのビデオメッセージに登場し、「ワクチンに関するどんなしつこい噂も ワクチンは命を守る という真実を上回る説得力を持たない」と発言した。
・アイルランドでも「フェイクニュースとSNSによりガンを予防する子宮頸がんワクチンの接種率が下がっている」というアイルランド医師会代表の発言を受け、ハリス保健相が「命を守ろうとする医学的努力が、たわごとを広げる人たちによって妨害されている」と発言して反ワクチン運動を一蹴。「私はワクチンについてのアドバイスをソーシャルメデイアではなく EMAやWHOから受ける」「ワクチンに関するアドバイスをするなら医者になつてくれ。医者でないのなら、保健政策に立ちはだかるな」などともコメントし、反ワクチン運動に毅然と対する姿勢を示した。
・企業は、一流の研究者を囲い込んで優れたワクチンを開発し、キャンペーンを張り、ロビー活動を展開してワクチンをいち早く世に出すために膨大な資金を惜しみなく投じる。安全性が十分に確立していないワクチンを世に出せば、健康な人に被害を与え、会社も甚大な損失を被るばかりか、メーカーの信用問題、ひいてはワクチン政策の是非にもつながるため、治験に治験を重ね、効果が高いだけでなく安全なワクチンを作ることは必須だ。
健康な人に投与して病気を予防するために用いられるワクチンは、一般の治療薬とは異なり必要性が理解されづらい。そのため医師や専門家を巻き込み、公衆衛生学的見地からの啓蒙活動をすることは珍しくない。公費助成や定期接種化はメーカーにとって売り上げを左右するポイントであり、コストを抑えて安定供給を実現するためにも必要なので、政策向けのロビー活動も実施される。つまり、どんなに良質のサイエンスでも、ワクチンとして製品化し普及させるためには、企業の力と資本主義の原理が必要であり、たとえ公衆衛生に関わるものであっても、利益を得られるビジネスとして成立させる必要がある。ワクチンそのものはサイエンスの結晶だが、公衆衛生であり、ビジネスでもある。そのため、ワクチン学は医者として患者を診たり、病気の研究をしたりしているだけでは全体像の分からない非常に複雑な専門分野となっている。結果として、「産業としてのワクチン=ビジネス」を敬遠する医者や役人に対して、ビジネスサイドが積極的にワクチンサイエンスに関する情報を提供し、教育していかなければ全く話が進まないという現状が、製薬会社と医者と国はグルだといった陰謀論の源泉となっている。ワクチンサイエンスもワクチン行政も、ビシネスとの絶妙なバランスの中で進歩する。しかし、ワクチンは目に見えないから不安につながりやすく、誤った情報が拡散しやすい。 「病気にならない」という未来のベネフィットは見えづらく、「病気になる」という現在のリスクは、陰謀論と結びついてクローズアップされやすい。
・子宮頸がんワクチン問題は医療問題ではない。子宮頸がんワクチン問題は日本社会の縮図だ。この問題を語る語彙は、思春期、性、母子関係、自己実現、妊娠出産、痛み、死といった女性のライフサイクル全般に関わるものはもとより、市民権と社会運動、権力と名誉と金、メディア・政治・アカデミアの機能不全、代替医療と宗教、科学と法廷といった社会全般を語る言葉であり、真実を幻へといざなう負の引力を帯びている。